2005年版
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第1話 耳のリセット
第2話 コンサートマスターのお仕事
第3話 音楽と写真
第1話 耳のリセット
著者、バストロつちだ
●耳のリセット
私はの仕事は、「指先一つで生かすも殺すも」ってな仕事です。
これってなんだと思います?
私は「PAオペレータ」「ミキシング・エンジニア」「レコーディング・エンジニア」としての仕事を、少〜しではありますがやっております。
指先一つでフェーダーを操作しては、音を生かすも殺すもできるわけです。
その「ミキシング・エンジニア」に求められる「音を作る」ことと、「レコーディング・エンジニア」に求められる「音を記録する」ことに非常に大切な「耳」を養うために、必ず毎日、日課として就寝前に行っている事があります。
それは「耳をリセットする」ことです。
これは寝る前、もしくは布団に入ってから、モニターヘッドホンでじっくり「模範になる良い録音・良い演奏」のアルバムを聴き、その日の「耳の疲れ」や「耳の狂い」を修正・回復するものです。
これはPAのミキシングよりも、録音のマスタリングにて大変重要なものと考えております。
もちろん、楽器を吹く上でも大変重要で、表現したい音色へのアプローチや、より良い音楽的な音程の取り方など、学ぶべきポイントがたくさんあったりします。
ちなみに私が毎日「耳のリセット」のために聴いているアルバムのいくつかです。
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左はDon Menza & His '80s Big Band
AKG社(オーストリア)のC-414というマイクロフォンのみで録音をしたアルバム。
右はThe Carnegie Hall Jazz Band
たった2本のマイクロフォンで録音した「一発録り」で、非常に広いCDのダイナミクスレンジをフルに使い切った録音。
あまりにもダイナミクスの幅が広くて、また限りなく原音に忠実な録音。ピアノとフォルテの音圧の差がものすごい。
両方とも原音のボリュームとダイナミクスに非常に忠実で、かつエフェクターを使わない、スタジオ録りの超デッドな録音で、
演奏家の演奏技術のすばらしさも併せて堪能できるものです。
これらはCDだから出来た録音であり、LP時代にエンジニアの誰もが夢に抱いた録音であるという話です。
次にこれはマイキングがよく分かる映像です。
CALLE(カジェ) 54
ラテン・ジャズのミュージシャンたちの演奏場面を撮ったドキュメンタリー・フィルム。マイキングがとても参考になります。
もちろん、演奏も絶品です。
Paquito D'Rivera、Eliane Elias、Chano Dominiguez、Michel Camilo、Tito Puente、Chucho Valdes,etc...
●レコード・CDは戦争の落とし子
世の中の技術のいくつかが、戦争という行為があって開発、進化したというのが事実でして、たとえばコンピュータというものは、科学者が核爆弾を作るために膨大な計算をする必要性から生まれたものだったりします。
そして身近なCDを再生する技術というのも、第二次世界大戦の頃に理論的に確立された「高速パルス技術」なのです。これらは敵の位置を探るレーダーを作るために技術開発がされたものなのです。
エジソンが円筒形の「蝋管」に音を刻んだ技術を発展させたのは、軍の情報を記録するために録音機を作らせた米軍でありました。また、円筒形の記録版よりも平面の円盤形のほうが量産性に優れ、それらのレコードを慰問品として最前線にパラシュートで物資投下する際、割れにくい材質としてビニル素材を熱形成した、現在のLPと同様の素材を作り上げたのも、戦争が引き金だったのです。
●「ミキシング」と「レコーディング」
私にこれらの違いをはっきり教えてくれた、日本のクラシック録音の重鎮がこんな事を言ってます。氏の言葉を借りまして少し述べたいと思います。
『レコーディングエンジニアとは、例えればすし職人である。材料を自らの目・鼻・手で厳選し、素材の持ち味を少しでも損なうことなく生身を巧みにさばいて、刺身や鮨にと商品化する。
寿司屋の正札にある時価というものは、季節的要因に限らず、現代の科学でも解明できない神秘な海から釣り上げられ、その日その日でどんなにすばらしい素材が手に入るか分からないのであり、この「時価」の鮨と、ぐるぐる回ってすっかりネタが乾いた「百円」の回転鮨との違いなんてどうでも良いという人は、鮨を口にはしていけないのだ。』
というのです。
この「時価」の録音をするのが大事だと、強く言われたのを覚えてます。
そして「ミキシング」というのは、蒲鉾を作ることだと言うのです。
(注:ライブハウスやコンサートのPAミキシングとは別の話ですよ。あくまで録音におけるミキシングです)
『この蒲鉾を作るということが、たとえばサントリーホールでのすばらしい演奏を、4畳半のラジカセで醸し出すために、たとえどんなに良い演奏の素材でも、すり潰されてかまぼことして姿形を変えてしまうのは実にもったいないことと思います。』
というのです。
でも私は「おいしい蒲鉾を作る」という「目的」があって、その目的に応じた素材を厳選し加工するというのは、話が別であり、「結果として蒲鉾になってしまった」というのとでは全く違うと思ってます。「時価」のマグロを握るのも、「おいしい」蒲鉾を作るのも、「食べたいと注文する人・してくれる人」がいるからこそですから。
現代のオーディオデバイスの変化に伴い、音質を犠牲にしても手軽さを求める「インスタント」な(インスタントには軽蔑という意味があるらしい)音楽が横行している時代、全神経を集中して音をじっくり聴くということを忘れていませんか?
第2話 コンサートマスターのお仕事
著者、バストロつちだ
コンサートマスター(以下コンマス)って、何のためにあるのか?
私はコンマスという役職になってから、自分なりにいろいろと考えてみたのです。
●指揮者、監督、メンバー等とのコミュニケーションを図る仕事
ジャズバンドで17〜20人、吹奏楽だと40〜60人、フルオーケストラで60人〜ものの人が集まって奏でる組織、集団ですので、「十人十色」の渦巻く出音をひとつにまとめるとなると、当然「仕切る人」になる人がいなくてはいけません。
となれば、その仕切る人が団員に「こうしましょう、あーしましょう」と、指揮者や音楽監督の意図を組み、具現化していかないといけないのですが、
この「こうしましょう、あーしましょう」というコミュニケーションを怠る、またはできない人は、その段階で不向きでしょう。
メンバーの絶大なる信頼感があって成り立つポストですので、人一倍の識見、技術、感受性、統率力と、なんといっても「期を失うことなく意思の疎通を図る」アクティブな言動ができないといけません。「あとで言う」のでは手遅れです。コンマスの音楽や意見を、まるで伝統工芸の職人技を無言の極致で伝え知らせるようなやり方ではだめでしょう。
●メンバーの総意や個々の意見を全員に伝え、知らしめる仕事
コミュニケーションを図ることによって、団員と指揮者、音楽監督、またはソリストとの意見の相違が表に出てくるのですが、これらをよい結果となるようまとめ上げ、音楽を作るためにより具体的な発言で「意思の統一」や「方向性」を示す必要があると思います。また、コンマスといえど万能ではなく、思いもよらないところからすばらしい意見が出てくる場合があります。この「すばらしい意見」が団員一個人の感受性からくる発言であったとしても、それが結果としてバンド全体のサウンドをすばらしいものとする意見であれば、コンマスは一時のプライドをぬぐい捨て、そしてどんどん発言を受け入れ、結果自分のものにすればよいのです。それがたとえリハーサルの最中であれど、貴重な意見の価値を下げることなく、絶えず「次につながる」と信じ、まとめ上げていくことが大事でしょう。
●出音の責任をすべて負う仕事
メンバーあっての音楽ですから、技術の優劣はどうしても生じます。しかしながら人が集まって音を奏でる組織です。そこを大事に考えると、コンマスがする仕事はまさにこれでしょう。(これは受け売りの言葉なんですが・・・)
「今一緒に演奏をするメンバーでできる限り最高の演奏をすること・させること」
過去にすばらしいプレーヤーや指揮者と共演し、この上ない経験を積むと、時に現状の音楽では大変我慢できない事が多々生じるのです。ですが、現状に不満を感じることなく「常に感動をともにできる音楽を作る」行動を起こしてみましょう。演奏力量の弱いセクションには、しっかりとダメなところを伝え、改善の猶予を与え、とにかく音楽に対する意識の高揚をはからせます。絶えず各セクションのリーダーとは意思の疎通を図り、メンバーの現状を把握し、そのなかでより良い音楽を作るべく頑張っていきたいものです。
☆バンドの目標を持つことはナンセンス☆
個々それぞれの目標はあっても、バンド全体で目標を持つことはあまり意味がありません。むしろ「結果」や「過程」に満足してしまいやすくなるのです。コンクール優勝という目標やレコーディングをするなどは、やる気を持たせる、モチベーションを上げるといった一種のカンフル剤であって、瞬間芸術といわれる音楽は、売り上げの業績みたいな「数字」で測れないものです。
まぁあえて無理矢理言うならば、「今一緒に演奏をするメンバーで音を出した瞬間に、そのメンバーで奏でる最高の響きを出すこと」が目標でしょうか。その結果が生み出すのが、コンクール優勝、レコーディングの成功だったりするのが一番の理想ですね。
●良いムードを作る仕事
やはりその目標へ達成するための「メンバー」とは常に良好な関係であり、また互いに強い信頼を持つことが大事でしょう。
心の中で感じている気持ちが音に表れるので、リハーサルから本番前・本番後も絶えず良好なムードを作るのが大事です。本番後の「うまい酒」はそれらの結果でしょうね。
プレーヤーとは技術の優劣はあるにしても、その人の「人生すべて」を口先に集約して音に現すわけで、その音についてあれこれ否定や指摘をするのは、まさに「その人の人格」までもを否定することとなるわけです。
つまり、コンマスとメンバーとの間に太く強い絆や信頼感が無いと、会話が成り立たないということにつながります。
これがやっかいなもので、歳を重ねれば重ねるほど音に「人格」を現す訳ですから、例を言えば年配のオジサンが若くてバリバリなプレーヤーの意見に妙な反発をするのもこれが原因です。
●ダメなものはダメという仕事
人間関係が強い絆や信頼関係でできあがっているという条件でもって、ちゃんとダメなところを具体的に指摘することが大事です。いわば「本音」で会話ができること。
うわべでの会話は後々にしわ寄せがきたり、大きな壁を作ったりします。
信頼関係の無い者との会話はどうするか?「音楽を優先」する信念で自己犠牲の精神に立ち、懇切公平慈愛心を持って「バンドのために」心を込めて発言する。一番やりたくないですけど・・・
参考になりましたでしょうか?ご意見ご感想をメールにていただけましたら幸いです。
第3話 音楽と写真
非て似なる??もの
著者、バストロつちだ
私の古くからの友人にプロカメラマンの松田というものがいるのですが、彼に誘われ私も一緒に写真を撮りに行くんです。
そんな中、いつも感心することは、同じ風景を撮影したとしても、アングルというか構図というか、風景の切り取り方がさすがプロ。
やっぱりいいんですよね。
ファインダー越しに写る「画」は、まさにアートです。
音楽が時間的芸術である点と、写真も時間的芸術である点は似ているものがあるなぁと、感じることがあります。
風景画を撮る場合、めくるめく速さで移り変わる被写体の「一瞬」を見抜き、シャッターを切るということ。
これはまさに音楽と同じではないでしょうか。
「音を出した瞬間で音楽ができあがる」ということと、
「シャッターを切った瞬間で作品ができあがること」です。
また、被写体に対する構図のアプローチは、音楽での表現と同じものだと思います。
「楽譜」という素材を生かすも殺すも、その人の感性でして、
写真の場合もしかり、眼はもちろんのこと、肌や耳、鼻で被写体を感じとり、一瞬を切り取る。
音楽も写真も、心の豊かさとセンスが求められるんですね。
流し目プレイ つちだともよし撮影 苔むした細い階段を、おまんさんは歩いてゆきます
つちだともよし撮影
デジタル技術の進化は写真にも多大な恩恵をもたらしました。
録音技術もしかり、「あとでいくらでも修正ができる」ことです。
最近のデジタル一眼レフの画作りは、レタッチソフトで加工することを前提にした描写のものが多く、(またはそうするよう選択ができる)
コントラストやシャープネスが「やんわり」としています。
デジタル録音でも同じことがいえますね。素材さえあれば、あとはいくらでも加工できる。
まぁそれが良いか悪いかは価値観の違いでしょうから何ともいえませんが、
私はテクニックの一つだと思いますから、すべてを含んで「撮影技術」「録音技術」なんでしょうね。
山形県酒田市出身のカメラマン、土門拳は「実物以上に実物に見えるから写真なのだ」とか、「狙った瞬間の写真というのはつまらない」などといった、奥の深い言葉を残していました。
録音も「生演奏以上に生演奏らしいCD」とか、「技術プラスサムシングの演奏」とかいった、「言いしれぬ味」が出せたら最高ですね。
一応・・・無断使用を禁じておきます。よろしくです。
夏の峠駅 つちだともよし撮影一応、私の使用機材
〜AF一眼レフ〜(メイン)
ミノルタα9xi
TOKINA 28〜70mm F2.8
SIGMA 70〜200mm F2.8
(ペンタ部が若干埋没している姿はまさに「ジャミラ」みたい。
発売後11年経過も当時キワモノぶりな機能・デザインが、
今となってはすこぶるカコイイ。使いもしない1/12000秒
シャッター音は聞いてて気持ちいいっす。)
〜デジタル一眼レフ〜(サブ)
ミノルタα7Digital
(なんといっても、すべてのαマウントレンズに
手ぶれ防止機能が働くからすごい!!)